とにかく、いまは、深く考えないで、たくさん喋ります!

Instagram 2/20 投稿イラスト(2023カレンダーシリーズ 2月)

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子供がいるわけではないので、今ってどうなのかあまりよく知らないんですが、きたはりゃが小学生の頃の話しです。図工の授業で自分の似顔絵とかを描く時、顔の中の目や鼻や口を好きな漫画やアニメみたいにデフォルメして、可愛く描いたり、カッコよく描きたいと思うのが本来の素直な子供の気持ちだと思います。ですが、それをすると、まず高確率で、先生に人の実際の目や口と形が全然違うという理由で、リアルな表現に描き直すことを要求されるのがお決まりでした。 だけど、人や物の立体表現を専門的に学んだ事があるわけではない子供たちが、強引に人の顔を見たままに描くとどうなるかって…(笑) まぁ、ほとんどの場合、可愛くも、カッコよくもない、申し訳ないけどグロテスクな似顔絵ができてしまう事になります...  そんな経験はきたはりゃだけではなく、誰にでも一度はあるんじゃないかと思います。 

 

何故か、大人たちって、ああいう、やたら露骨に顔や唇の皺や鼻の穴がデリカシーなく顔の上に描かれた子供の絵を子供らしい良い絵だといって評価したがる気がしますが…(きたはりゃの時代だけ?) 多分、子供達が人の顔の「正確な形」を真面目に、一生懸命、努力して描こうとしていることを美しい事だと思うのでしょうか… 

 

でも、ああいう絵の人の顔って、物体としての顔の造形にこだわりすぎているせいか、だいたい、目はうつろで、何考えてるんだか分からなくて、生きてるんだか死んでるんだかも分からないような表情になっていることがほとんどの様な気がします。 子供時代のきたはりゃもこれ描いていて「絵が楽しい」と言うよりは「絵がつまらなく」なっていく感じしかしませんでした(笑) 

 

少なくとも、きたはりゃの時代に小学校の先生たちが子供たちに望んでたような絵って、人の顔の正確な形は追っかけようとしていても、そこに描かれる人物や生き物の顔に現われている「表情」をそのキャラクターがどんなことを考えたり、感じたりしているんだろう?って言うような人や生き物の心をその子なりの想像力を手掛かりに表現することは、むしろ放棄すること強要されていたと思っています。それって、残酷な事だなーっ💢と、今にして思う今日この頃。。  (次回につづく)